入院32日目
5/1いよいよ今日退院です。装具屋さんに少しカットしてもらったらもう大丈夫です。朝看護婦さんが、来られいつ頃出ますと聞かれ多分装具屋さんが来て2時くらいには出られると思いますが、と伝え、先生から指示書が、まだ来ていないんでと言うので、多分朝先生が来ると思いますよと伝えました。看護婦さんは来なければ電話しますと言ってくれました。昨日は30分歩け、二回で8000歩歩きましたと伝えました(;´∀`)
凄いですねと、最初家で生活出来たらと思っていましたが、これならば近くのコンビニくらいには行けますと伝え、又手足がこんだけ動けたら、多分車も問題ないと、思いますと、伝え食事の事も問題には成りませんと伝えました(;´∀`)>
5/1Goで行く!今日、無事に退院です。

髭は、先日バリカンで出来ないかと思い、看護婦さんに聞くと「ない」との事、「鋏ならばあります」と言われました。そうかと、鋏で手さぐりで切って、その後、カミソリで剃りました(^o^)v 何とか上手くいきました。

髭の評判はそこそこ良かったのですが、悪くて言う人も少ないかもと思っていました。剃って見て、確かに髭の方が似合う感じはしましたが、小使いさんとしては、どうかな?と。また、無精髭ならば良いですが、手入れとなると大変だと分かりましたので、これはこれでいいかなぁと思っています(;´∀`)>

ところで、入院中、沢山の気づき、学びがありました。公表してくださいとの声もあったので、プライベートな内容や、恥ずかしい話し、西洋医学経営的な面で気づいた事もありますが、誤解も受けやすい点からも、これらは個人的に話す事もあるやも知れませんが、公開するのは差し控えます。

後、充分整理しないで公開するので乱雑になると思いますが、

1)入院中の平均睡眠時間は、多分30分位でした。以前、耳鳴りで90日殆ど眠らなかった経験から、睡眠ゼロでストレスは感じませんでしたが、今回は、数と時間というのはとても面白いと思いました。変化するからです。

一日は意外と短く、一週間は長く感じました。そしてリハビリを始めて、二日目くらいから夜が長く感じられました。なんでだろーと思いましたが、今回は、人体の驚異のメカニズムということが少し分かりました! 痛く、辛い時は、時間が短く感じるメカニズムです。多分、人体の危機管理からそのようにメカニズムが働くようになっているんだと知りました!
無論最初救急で電話で話してる時は、いい加減長話しは、止め下さいとは思っていましたが(;´∀`)

2)最初は排尿も大変で、危うく管を差し込まれそうになり(;´∀`) 自分で出来ますからと、何とか断りました。最初の一週間くらいは、排尿するも準備から終る迄、20分位かかっていました。
また、最初の排便は、入院6日目でした。それも、下剤2錠飲んでも出ず、浣腸してやっと出ました。でも考えたらあの激痛の中、排尿でさえ大変なのに、排便となると不可能な位大変だったと思います。これも人体の驚異のメカニズムなのだと分かりました!

3)痛みの本質。1週間くらいして分かったのですが、時々来る逆鱗の激痛は別にして、痛い時は目を閉じているということに気づきました。また、消灯すると(暗くなつると)、痛みが急に出てくる事に気づきました。これも人体の驚異のメカニズムなのだと分かりました! 危機管理から来ているのだと思いますが、痛みの多くは、思考が痛みを増幅させているのだと分かりました❗
妖怪の仕組みと、同じ❗️
思考は闇になると特に働く。それで消灯の後、痛みが強くなって来たら瞼をぐっと開けると痛みが止まる事に気づきました。凄いメカニズムだと分かりました。そんなメカニズムが、沢山人体には、備わっているのだと、あらためて畏怖の念さえ感じました(;´∀`)

4)入院中は下剤を3回だけ使いました。普通の場合は一日2回くらいあるのですが、入院中は最初以外は、3日ごと位でした。薬は下剤3回だけで、痛み止、眠剤、熱冷ましは使いませんでした。38度位続いていましたが、薬は全部断りました。身体がそうしたがっているならば、それでいいと思っていました。

5)食べ物は命なんだ!と今回、初めて思いましたー|ー
我々は、有機物で出来ていて、有機物を取り込んで、力・エネルギーに変えて生かされているんだと実感しました。それから食べ物に対して尊敬というような感じになり、汁さえ全てエネルギーに変えてくれるありがたい存在だと分かり、食べ方が変わりました。それと平行して、力が沸いて来ましたー|ー

6)途中、ベッドを窓際の方にかえて頂きました。外の景色が見えます。山があり、樹があり、空があり、夕方は西陽もあり、時には月もあります。自然の気の力も有り難かったです。だからいつも、カーテンは開けてもらっていました。お日さんには、背中から温かいヒーリング治療をして頂きました。また、月読さんからも、素晴らしい気を頂きスッとしましたー|ー

7)入院を公表してから、多くの方々の温かいメッセージやメールを頂き、それも大変力になりました。皆さま、ありがとうございます! 友人、また今はなき親、娘、兄弟からも見えない気を感じ、それも力になりましたー|ー
兄弟からは、親が、守ってくれたんやとか、丈夫に産んでくれたからやで、とか、言われ確かに、そうやなぁと思いました。

8)入院最初から、じつはワクワクしてもいました。ウンウン唸っているのですが、「辛い時は辛い分だけ、必ずプレゼントが入っている」というのは、体験的に知ってはいたので、毎回学びはもういいかなと思っているのですが、やはり学びは底なしやなぁと、思っていますー|ー

9)リハビリが始まったら頑張ろう、とは思っていましたが、なにかコツみたいなものが分かりました! よく「思いきって」とかありますが、思いきっては実は少しえらいです。どちらかというと、「思いきっての前にやる!」というのがコツだと分かりました。リハビリに限らず、と思っていますー|ー

よく私は、「スッとやる!」というのが大事だと分かっていましたが、あらためてそうなんだと、確信しましたー|ー
リハビリでも前もって準備していた訳ではなく、その場での閃きに従うというような感じでした。だからある面、滅茶苦茶な事でしたが、結果は良かったように思います。

10)今回、気概としては以前よりある面、健康になってやろうと思っていました。幸い、一日1450カロリーの食事でダイエットも出来て、一日1500カロリーくらいでもいいんだと分かりました。また、以前は一日二回位排便がありましたが、その状態は食べ過ぎなんだと改めて分かりました。また、以前は食後も軽く何やらつまんでいましたが、それもいらないんだ!と、分かりましたー|ー

11)配慮について。自分はいままで、やりたい事をやって来たという感覚はありますが、配慮という点では、まだまだ出来ていませんでした(;´∀`)
自分自身の事、できるだけ迷惑をかけないようにと思ってやって来ましたが、他者に対しての配慮はまだまだだったように思いました!
又お見舞いを、最初は、固辞していました(;´∀`)きつい中来てもらっても、ありがたいですが、実は迷惑なところもあります。特に時々激痛が来たりしていたので、見舞いは、じっくり落ち着いた頃行くべきやなぁとか思いました。

また、こういった大怪我を、少し誰かのせいにしようとしている自分も見えて気持ち悪かった。というのは、事故の2日くらい前に、倉庫解体の道具を全部盗まれ、道具が無く、やりづらい中で解体作業をしていたなかでの怪我だったので、あの道具があったらみたいな気が出てきていました。なにか、人や物事のせいにするのがまだあるんやなあと、改めて分かりました!

12)入院中も、8人の方から電話を受けて、ベットの上で相談事にあたっていました。少しはお役にたったと思います。入院中、知り合いの方が自死したと聞き、残念でした‼ まだまだお役目あるんだと、今回生かされてますます思いを強く持ちましたー|ー

13)一週間位前まで、自分で排便処理も出来ず、お尻も拭いてもらっていました。トイレも自分でトイレに行けたのも、つい5日程前です。やはり、自分でお尻が拭けず、ベッドに帰ってきて装具を外して拭いていました。でも初めてトイレで排便できた時は、全く有り難かったです(;´∀`) 当たり前の事が出来る有り難かったさを、改めて感じました‼

14)世の中の暗いニュースの中、入院中の楽しみは、MLBの大谷の活躍でした。改めてスポーツの力を感じました。

15)昨日より今日は一歩先へ!と思って、日々頑張りました(;´Д`)ハァハァ

16)身体が動かせない時、マジックハンドを持って来てくれた、谷口さん、とっても重宝しました。

看護士さん、お医者さん、リハビリトレーナー、食事スタッフ、清掃スタッフの方々、優しくてとっても行き届いて、厳しい入院生活も乗り越えられました。心より感謝申し上げますm(__)m

また、退院したら、109に連絡して下さいましたUさんと、救急車の方々にお礼に行きますm(__)m また、代わりに仕事をしてもらっているSさんにも、早く代われるようにします。そして、友人の松井さん、大谷さんにも大変お世話になりましたm(__)m






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